謎のビューティフルな人は……

本能

2010年09月08日 17:59

 秀樹は眉間に皺を寄せ、テニスコートにたたずむ謎の人物を凝視する。
「やっぱり女に見えるけどな。お前らはどうよ?」
 薄毛横わけの光一はかけている眼鏡を外し、Tシャツで丁寧に拭き取ると、生真面目な仕草で眼鏡をかけなおした。
「ダメだ、顔が良く見えない。俺も雅也と同じで、また視力が悪くなったようだ。新しい眼鏡を作らないとダメだな。優作、お前には見えるか?」
「ダメ。顔まではわからん。俺もコンタクトが合わなくなった」
「情けえねえなお前ら。いつからそんなジジイになったんだ。パソコンでエロ画像の見過ぎじゃねえのか」
 朝昼晩とエロ動画を見続けている秀樹に言われたくない。
「きゃっ、こっちに来るわよ」
 靖子がキャピキャピっと、少女のように嬉しがる。女子連中も口々に、"三便宝 販売" 「きゃっ」と恥じらいながら頬を赤く染めた。
 むむっ、ライバル出現。しかし、女子は男の人と言ったが、秀樹はいい女と言ってる。どちらが本当なんだ? 日頃のおこないで判断すれば、明らかに秀樹の事など信用できない。だが、なのである。秀樹のエロ目は女を見るだけのために、顔の中心についていると言っても過言ではない。それを判断できなければ秀樹の濁った目ん玉などは、卓球部の隅で埃まみれで転がっていた薄汚い二つのピンポン玉を、とりあえず入れちまえと無理やりはめ込んだような物なのである。
 テニスコートに、突然、強い風が吹き抜けた。
 全身白ずくめの謎の人物は、横から吹き付ける風にあおられた。
 胸元が少しはだけた真っ白な半袖のシャツは、柔軟剤のCMのようにバサバサと気持ち良さそうにはためいている。白いパンツのポケットに両手を突っ込みながら、一歩一歩ゆっくりとした足取りでこちらに近づいて来る。
 女? 男? どちらにでも見える。
 背はすらりと高く。耳が隠れるくらいの艶のある茶髪。風に揺れる長い前髪が邪魔をして、目元は見えない。だが、高い鼻筋と、形の良い口元が微笑んでいるのは見て取れた。
 謎の人物は俺たちの前に立つと、長い前髪を掻き上げ、
「やあ、こんにちは、えらい楽しそうにしてはるね」
 白い歯を見せて、照れくさそうに笑った。
 どストライ~ク! ストライクアウ~ツ! ゴールゴール、ゴ~ル! 王手車とり! むむむっ、参りました……。
 な、なんといい女。目はキリリと涼やかでいながらねっとりと妖艶のような、潤んでいるようでいないような、甘いようできついような、処女のようで実はもの凄いような、もうなんだ訳がわからないようでわかるような。とにかく簡単には説明できない、小鼻が爆発するほどのいい女なのだ。
 俺の股間は疼き、小鼻を全開にした雅也もただならぬ事を考えているのか、ハゲ頭に汗がビッチョリ浮き出ている。光一と秀樹もあんぐり口を開け固まっている。おそらく、あそこも固まっているはずだ。
 そんな、ただならぬナニを仕込む四人衆もどうかと思うが、女子四人も見事にただならぬ感じになっているはずなのだ。
目をハート型にして見とれる女子の下半身も、
「美香ちゃん、自分の赤い傘持って行きなさいよ」
「いいよまだ小降りだし。学校まで走って行くから大丈夫。じゃお母さん、行ってきま~す」
「あっ、ちょっと待って――も~っ、美香ったら、女の子のくせにお転婆なんだから。誰に似たのかしら、まったく」
「お姉ちゃんはお母さん似だよ。僕も行って来る。お姉ちゃん待ってよ~」
「コラ秀行! あんたも傘持って――行っちゃった。姉弟で困ったもんね……。さっ、あたしは洗濯しなくちゃ。でも、梅雨時は洗濯物が乾かないで困っちゃうわ。お父さんに乾燥機ねだっちゃおうかしら。でもダメよね。内緒でバック買ったのばれちゃったから、そんなこと言うと怒られちゃうわね。あ~あ、早く梅雨が明けないかしら」
 結婚して十五年、子供はすくすく育ち、夫も良きパパで浮気の心配もない。普通が一番の幸せ、と母親から贈られた言葉を実践してる幸せな私。としみじみ噛みしめる二児の母孝子四十五歳が、梅雨空を見上げて心配するような、そんなシトシトと鬱陶しい小雨状態のナニのはずだ。中には、局地的集中豪雨の方もいるかもしれん。
 そんなただならぬナニを持つ男四人衆と、梅雨時シトシトのナニナニを持つ四人のガールズたち、若干名、ゲリラ的な豪雨のナニナニも交じっているが。
 そんなことなどおかまいなしに、謎のビューティフルな人は続ける。
「迷惑やなかったら、自分も仲間に入れてくれへんかな?」
 その辺に転がっていたラケットを拾い上げて、クールでホットなスペシャルスマイルを惜しげもなくまき散らした。
 だが、おやおやと思う。先ほどから気になっていたのが、ハスキーな声と、関西弁で「自分」という男っぽい言葉遣いはなんだろうか?
 このビューティフルな人は、男?
 梅雨空ガールズたちはポーっと見とれているが、ただならぬ四人衆は揃いも揃ってアホ面さげて首を捻った。
「どないしたん?」
 ビューティフルな人は、俺たちの凄まじいアホ面加減に戸惑ったのだろう。首を傾げて目を丸くしている。その仕草がまたかわゆいのだ。
 やっぱり女なのだ。間違いないのだ。そうキッパリ断言して、うんうんとキッパリビッチリうなずいていると、
「あの~、あなたのお名前は?」
 小ぬか雨一号の靖子が、ポヤ~とした目でまったりと聞いた。
「名前? マコトっていうんやけど。よろしく頼むわ」
 ビューティフルな人改めマコトビューティフルは、並びのいい白い歯をキラリンチョと輝かせ弾けるように笑った。
「マコトさん……」
 梅雨空ガールズたちの目の色が変わり、おまけに顔色も茹でダコのように赤く染まった。
もう、「小ぬか雨だから傘などいらぬ。濡れてまいろうぞ」などと悠長なことを言ってる場合ではなくなった。孝子が、「だからあれほど言ったのに。急いでいかなくちゃ」と集中豪雨の中、"三便宝カプセル" 姉と弟の傘を学校に届けるために、黄色い合羽を着こんでママチャリをすっ飛ばしている状況だ。
 マコト……。
 このビューティフルなお方が、男とな。良く見ればお胸のふくらみもないような。そして、穴のあくように顔を良く見てみれば、薄っすらとお髭が生えているような。うむむ、ちょっとガッカリしたような……。

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